協力団体【タイの子供財団(Foundation for Children)】

私達がご指導いただき、理想としているタイの協力財団です。

タイの子供財団(Foundation for Children)は、1978年に設立された歴史と実績のある団体です。

親のいない子どものため、親と暮らせない子どものため、幼稚園と小学校を運営、更に職業支援施設、子どもの権利保護施設、また官民様々な団体との協働で子どもの健全な成長と明るい将来に寄与しております。

また自主自立性を尊重する独自の教育(オルタナティブ教育)は、多くの困難もありましたが、今ではタイ国全土が推進する教育方針となり、創造性豊かで社会で活躍できる人材を多く生み出しているのです。

タイの子供財団

私たちはこの財団の教育現場での研修と、ご指導いただくことで、より多くの世界の子ども達を支援できるよう、成長することに貢献したいと活動しております。

この財団のように、直営する学校や施設を複数構え、他の団体とも協力しあいながら、子どもの成長に尽くす姿は、正に私たちが理想としている運営です。

タイの子供財団 概要

名称 子供財団
所在地 95/24 ムー・6 ソイ・グラトゥムロム18(ソイ・キアットルアムミット)
プッタ・モントン4通り  タムボン・ソイグラトゥムロム サムプラン群
ナコーンパトム県 73タイ王国
設立 1978年
内務省許可 1980年3月14日
登録番号 T.217/2522
担当 ラチャニー・ドンチャイ氏(ムーバンデック学校 校長)

目的

  • 恵まれない子供や孤児に教育を提供し、身体的発達を促進し、創造力を伸ばします。
  • 子供達の尊厳と意見を守り、新しい教育を提供します。
  • 教育と福祉に関わる仕事をしている人と協力しながら進みます。
  • 子供達が社会の一員として認められ、大人と平等に扱われる環境を目指します。
  • 虐待や育児放棄されている家庭に対して、環境が好転するよう指導します。
  • 子供の権利に関する国民意識が強まるようにします。

子供財団の歴史と考え方

子供財団(以下FFCに略)は、子供達が持つ基本的な権利を失いつつある状況を危惧して設立されました。

子供達は社会の中で最も弱い立場であり、一握りの権力ある大人達が子供達の権利を奪ってしまっている社会構造の中、子供達の権利や健康を保護しなければなりません。

タイの資源が豊かだった1970年頃には、多くの弱者が大規模な凶作によって飢えに苦しむとは想像もできませんでした。

国の近代化に伴い、経済や社会において、豊かな者はますます富を得て、貧しい者はますます貧困となりました。

伝統的な自給自足の生活は、贅沢な消費が増える生活へと徐々に変化していきました。

そしてメディアによって、都心部のそうした生活を知ると地方の農民は劣等感を感じ、物質としての富を得ることが幸せなのだと信じるようになりました。

その結果、物質的な富を求めて何千人という人々が農村から出て行きました。

しかし都市へ移動した農民に富は待っていませんでした。

子供財団

都市の富裕層から低賃金で雇用されるのがやっとの生活しかありません。

こうした搾取的な雇用がますます貧富の差を生じさせる原因となったのです。

こうした貧困層の拡大は、特に自らの力では生計を立てることができない子供達に悪影響を及ぼすことになります。

調査によると低賃金で労働する建設労働者は、一つの建物が完成すると場所を移動することになり、その移動に子供が着いて行きます。

その結果、一つの学校で集中して学ぶことができない、もしくは学校にすら行っていない子供達が急増しました。

こうした家庭では、生活苦から子供も強制的に働かされる状況になることもあり、更には性的虐待も増えてしまいました。

1997年の経済危機は問題を悪化させ、その時300万人以上の人が仕事を失いました。

最低賃金を下回った人がその前の年と比較すると210万人も増えた状況でした。

1998年12月にタイの学校に行ける子供を増やす活動を始めた国連児童基金(UNICEF)は、経済危機の影響で500万人の若者が教育を受ける機会を失ったと予想しました。

特に中学生の年代の中退者が増えるだろうとの予想です。

しかし政府はこの問題を解決できません。

貧困の子供達はますます過酷な状況で生きていかねばならない状況です。

もしも貧困を解決に導いたとしても、子供達の精神的なケアが見落とされてしまうことでしょう。

更にメディアも企業も子供達の健全な成長を理解していません。

様々な仕組みで子供達の消費意欲を高めさせますが、貧困な子供達ほどその欲を満たすことができず立場が悪化してしまうのです。

そして教育だけでなく、子供には道徳と職業能力を身に付けさせることも大切です。

子供の能力は様々で、覚えが早い子もいれば、そうではない子もいるのです。

学びやすい家庭環境の子もいれば、家庭環境がよくない子もいます。

個々に合った教育、指導の方法が必要であり、誰にでも適する万能の教育方などないのです。


私達FFCは質の高い教育を与える努力と、指導の多様性によって職業能力を身に付けさせることが必要であるという信念からムーンバンデック学校を設立しました。

学校とは、子供達の自然な成長で幸福に導くため、多様な教育指導をしなければならない。

FFCは様々な問題に対処するために、問題の解決策を提案して実行に移す機関です。

FFC自らの企画だけでなく、他の公的機関、私的機関との協力も得ることで、子供達の不安を解消することを約束します。

ムーンバンデック学校

以下がFFCのミッションです。

  • 社会に適用するよう従来の教育方法に捕らわれず新しい教育を提供する。
  • 子供達の創造力を高めるため、美術、音楽、読書(童話など)に力を入れて指導する。
  • 子供達が健全に成長するため、基本的な生活必需品を提供する。
  • 虐待児童を保護する。
  • 大人と子供の権利の差がなくなるようにする。
  • 子供達の成長と幸福のため、スタッフが家族の役割を担う。
社会貢献

タイの子供財団にて定期的にご指導を頂いています。

私達は子供達が将来、社会に貢献きるように育てたいと願っています。

愛情、自由、人間としての尊厳、権利、こうしたものを子供達に与えることで、人や社会にも温かく優しい人になってくれることでしょう。

不公平な社会構造を変えて、愛情ある人間を育てていきたいと努力しています。

タイの子供財団 施設と役割

1.ムーンバンデック学校

~人間力を高めるオルタナティブ教育の推進~

オルタナティブ教育を促進するために創設されました。

オルタナティブ教育とは、従来の伝統的な教育とは異なり、子供の自主性を尊重する教育です。

この教育は学力(知識)を高めることより、人間力を高めることに大きく効果があります。

将来において社会に貢献できる自主性を養う教育として、世界的にも多く取り入れられてますが、日本ではさほど浸透されていません。

現地での聞き取り調査

この学校の創設者のピポブ・トンチャイ氏は元雑誌の編集者でもあったことから、このオルタナティブ教育を推進する文章で発行したことが、タイ社会がオルタナティブ教育に興味を示す機会となりました。

学生活動家でもあり、現在は役員兼長官を務めています。

彼の出版物は一般的な教育方法を否定し、学生の自由に基づいたオルタナティブ教育を呼びかけました。

その他の関係者が書いた文章もタイ社会にオルタナティブ教育に興味をもたらすことになりました。

オルタナティブ教育は子供の自主性を高める教育であることから、ムーンバンデック学校も生徒会システムを取り入れました。

子供達は定期的な生徒会会議に於いて、問題の解決を協議し、時には校則ですら子供の意見と多数決によって 変えてしまうことも可能となりました。

こうした教育は政府からは厳しく批判されることとなりましたが、若い世代の人々や教育者からは大きく賛同を得ることとなりました。

その結果、オルタナティブ教育を 重視すべきという提案が教育法までを改定することとなり、タイ社会に大きく影響を与えることができたのです。

2.バンタンタワン

~飢えに苦しむ子供達の保護と社会への理解~

バンタンタワンは栄養が不足している子供達のための施設です。

ベトナムの飢餓に苦しみ子供達を救うプロジェクトを立ち上げた夫婦によって創立されました。

ベトナム戦争終結後、この夫婦はタイに逃亡してバンタンタワンを創立することになります。

この施設で飢えに苦しみ子供達を確保するだけでなく、タイ社会の飢餓に苦しむ子供達に対する認識を高めるキャンペーンも始めました。

子ども達とのコミニケーション

飢えに苦しむ一部の子供達の存在は、豊かな天然資源のあるタイの人々に 理解してもらうにはとても困難な道のりとなりました。

しかし継続した活動によって成果が出始め、後には政府からも認められる活動として政府共に問題に取り組めるまでになったのです。

特に安定した教育と栄養を確保することができない、建設労働者の子供達を支援する企画で多くの子供達を救った功績が認められ、政府の政策変更にまで導き更に多くの 子供達を守れるようにまでなりました。

更に栄養不良や虐待の問題を緩和させるには、先ずは家族の理解が必要であると説き、貧困な家庭には収入を増やす活動も行ってきました。

また地方から都市に流れ込む人々によってスラムが次々と現れました。

スラムに対しての政府の支援は足りることはなく、子供達は不健全な環境と飢えに苦しむようになります。

そこでバンタンタワンではスラム街に子どもセンターを設け、子供達に健全な環境と栄養を提供すべき活動を推進しました。

結果、今ではスラム街が主体となって子供センターを運営できるまでになっています。

3.子供の美術センター

子供に文化や芸術を学ばせることはとても大切なことです。

しかしそれに気づかない家庭、学ばせることが出来ない家庭の為に創設されました。

国の経済成長が進むにつれて、一般的な勉強よりも職業技術が身につく学習を重視する傾向となりました。

あるチェンマイの美術家は子供達の芸術的な創造力を高めるために、美術合宿を行いました。

こうした動きが発展して、子供の美術センターへと発展したのです。

寄付金の用途

過去20年の活動で、この美術センターの子供達は、Danu Huntrakul氏やBruce Grasston氏など有名な指揮者と組んでコンサートを行うなどしてきました。

音楽だけでなく美術においても功績を残しています。

この美術合宿で絵の勉強や物語を作る創造力を得て、今では毎年子供達は童話を書いて発表をしています。

このバイリンガル童話はとても評判がよく、販売すると大きな収益を得るようになり、その収益は子供財団の運営資金となっています。

こうして子供達、家族、地域の人々を音楽や芸術の世界に導くことができたのです。

4.児童の権利保護センター

1981年、FFCによって創設されました。

子供を虐待から救う施設です。

多くの子供達が、性的虐待、児童労働の被害にあってます。

こうした状況が改善されないのはタイ社会と政府が”子供の権利”を充分に理解してないことが原因です。

更にはこうした子供の権利が侵害されているという事実を、社会や政府が否定していることも事実です。

国連の調査によれば過去10年間でタイには200万人の児童労働者がいると報告されています。

寄付金の用途

こうした深刻な問題をタイ政府に報告すると、政府はその調査を否定しました。

しかし他国はこうした児童虐待の事実とそれを認めないタイ政府に対して、 児童労働に結びつくという理由でタイからの輸入品の購入を拒否しました。

こうした社会状況の中、児童の権利保護センターは過去20年間で、子供を虐待から救う運動を継続して行い、多くの子供を救うことができました。

中国政府との協力では、中国で騙されてタイで売春させるために連れてこられた少女達を救って帰国させた実績もあります。

こうした活動が国際的に認められ、International Society for Child Abuse and Neglect (IPSCAN)により名誉賞を受賞するまでに至ったのです。

その後、運営の効率性を高めるため、この組織はFFCから独立した組織として運営をしています。

5.青少年育成センター

地方の子供達を中心に合宿を行う企画です。

子供達には職業能力を身に付けさせる必要があることから、ここが企画する合宿ではこうした能力指導を行います。

合宿という共同生活を行うことで学ぶことも多々あり、児童の権利についても指導をしております。

このセンターには大学に進学しなかった子、または大学に受からなくて仕事をしている地方の子供達にとって、オルタナティブ教育と同様の効果があるのです。

タイ社会全体や若者にとって、大学に進学することが唯一の選択肢ではないことを示したいと考えています。

寄付金の用途

特に地方在住の子供達は大学に行く資金や学力が不足しているケースがあります。

こうした地方の子供達が就職をした時に社会で通用する、職業能力、創造力、協調性を養うことに大きく貢献しています。

子供財団のプロジェクト

1.バンタンタワン栄養センター(1978年以来)

住所 子供財団 95/24 ムー・6 ソイ・グラトゥムロム18(ソイ・キアットルアムミット)
プッタ・モントン4通り タムボン・ソイグラトゥムロム サムプラン群
ナコーンパトム県 73220
TEL 02-814-1481-7
FAX 02-814-0369

バンタンタワンは、3歳までの栄養不良の子供や虐待を受けた子供のためのリハビリ施設。

当所は子供たちに補助食品や愛情を提供し、肉体的かつ精神的に回復させる。

さらに自宅で育児するよう保護者を奨励する。

創設前の過去20年、子供人口の約半分は栄養不良ということが判明した。

1980年から1981年までの年間、バンタンタワンは建設労働者の子供たちを調査し、その37%が栄養不足ということが分かった。

1982年、FFCを含めて非政府機関の全国的なキャンペーンにより、政府は明確なって栄養不良の子供の数を減らすための計画を実行した。

1994年以来、栄養失調問題が悪化した。

栄養失調を除き、虐待されたり無視されたりした子供たちの数が増え続けた。

この問題は家庭関係から生じると結論した。

従って、我々は家庭のための相談に力を注いだ。

その後この企画がFFCのHome Friendly Projectの一部となった。

バンタンタワン

バンタンタワンは以下のサービスを提供する リハビリ施設:

  • 当所は肉体的かつ精神的に子供を回復させる。
  • 一部の子供たちは当所に滞在し、その他は夕方に保護者の迎えの下帰る。
  • 子供の母親もこの企画に参加するよう奨励される。

牛乳流通:

毎週月曜日バンタンタワンは、貧しい家庭に牛乳を無料で提供する。

1996年に、約300家庭がこの支援を受けた。

2.子供と社会向けの食品開発プログラム(1981年以来)

目標地域:ピッサヌローク県、シーサケート県

この企画は子供たちに学校給食プログラムを提供し、その家族と地域社会が地元で食料を生産できるように支援する。

最初は乏しい子供向けの奨学金を受けて学校給食プログラムの予算を提供したが、現在ただの学校給食では予想よりも複雑な栄養失調問題を解決できないと判明した。

それに応じて子供と社会向けの食品開発プログラムは、地域社会に食料源の開発に救いの手を差し伸べた。

シーサケート県が食糧不足で知られ、当初の目標地域として選ばれた。

回転資金、自作農、教育基金などを提供して村人の自給自足を促進。

学校給食プログラム

1995年以来、栄養失調問題と取り組む公的・民間の組織と協力して栄養価の高い原生食料の栽培を促進。

ビタミンAの補給剤も子供たちに配布される。

栄養研究所、マヒドン大学や他の地方組織と協力の下ピッサヌローク県とシーサケート県で行われる。

3.仏教の見習い僧向けの給食制度(1989年より)

都市の近代化につれて家庭崩壊や貧困という問題が生じて子供たちも教育を受ける機会が失いつつある。

仏教の見習い僧になることにより、子供が教育と生活に支援を供給するものを受ける。

ところで見習い僧が信者たちからしか供養を受け取れないため、これが地方では難しいこと。

従って、見習い僧向けの給食制度が導入されると共に、見習い僧向けの精神的かつ基本的な教育のための奨学金も提供される。

1996年、791人の子供たちは北東部地方の8つ寺院および南部の4つ寺院へ出家するために得度式が行われた。

子どもの支援

その中の223人の見習い僧が毎年1500バーツの奨学金を受けていた。

その上もう一つの活動が開始され、子供たちが地方戻って仏教を教えるよう促す。

Buddha Butraという企画は見習い僧が地元の小学校に物語りや他のメディアで仏教を教えられるようトレーニングおよび学習教材を提供する。

この企画は見習い僧に社会貢献を促せて達成感を感じさせる。

4.児童・地方開発向けのメディアセンター

目標地域:シーサケート県

メディアによって国が変わりつつある時代に、その変化から利益を得ない子供たちもいる。

概して、地域の子供たちには使いやすい教育教材が不足。

児童・地方開発向けのメディアセンターは多様なメディアを介して情報と知識を普及するために創立された。

当センターは、離れた地域の子供たちが外部の世界の変化に融合させるように、ミクストメディアを制作する。

1997年、当センターは地域、特にシーサケート県の子供たちの麻薬に関する意識を高めるために “White Ambassador”(白い大使)という企画を開始した。

メディアセンター

5.児童・地方開発における高齢者の役割促進(1995年以来)

目標地域:ピッサヌローク県

高齢者と新世代の若者のキャップが相互理解の主な障害の一つ。

従来、若者は自己問題を解決するために経験豊かな高齢者に頼って助けを求めていた。

物質主義の現在ではもう家族が社会の基本単位にならず、若者が年上の親戚から離れ離れになった。

児童・地方開発における高齢者の役割促進企画が二世代のキャップを埋めて高齢者の経験によって若者を取り巻く問題を解決できるように開始された。

高齢者の役割促進

6.貧困に苦しむ子供たち向けの教育奨学金(1995年以来)

目標地域:全国

FFCは何年にもわたり、地域の子供たちに奨学金を与えていた。

ただし政府機関の限られた財源で教育を受ける機会を失った子供が増え続ける。

地方の子供たちは、持続的な教育支援を必要とする模様。

我々はわずかな資源でもその子供たちを支援しようとする。

従って、貧困に苦しむ子供たち向けの教育奨学金が資質に恵まれない学生を支援するために設けられた。

当資金が目標地域に限って基礎教育の学費を調達する。

高齢者の役割促進

7.子供向けのアイ・ケア(1994年以来)

目標地域:全国

子供向けのアイ・ケアが地域の子供たちに眼の治療を提供する企画。

1993年から1996年までの間に、136人の子供すなわち12.06%が眼疾と診断されて治療を受けている。

子供向けのアイ・ケア

8.青少年育成センター:スクール・工場プロジェクト(1994年以来)

目標地域:シーサケート県

貧困問題を除いて、地域生活の主な障害の一つは就職するために都市への移動である。

青少年もこの事実からは逃げられない。

多くの青少年が地方に就職するよう保護者に奨励される。

スクール・工場プロジェクトが青少年の移動という問題と原点から取り組もうとする。

シーサケート県に創設された青少年育成センターは、地方の青少年に職業訓練を提供して 個性ある地方に合った仕事を見つけるように支援する。

青少年育成センター

1996年、シーサケート県の5つの村からの17人の青少年たちがこの企画を通じて採用された。

中心に我々はコミュニケーション能力を育成するための集団訓練および職業訓練を提供する。

その上、青少年は地元の商店でインターンする機会を受ける。

9.児童・青少年向けの人材育成プロジェクト(1995年以来)

目標地域:バンコク

この企画は、子供の関係ある仕事をするNGOのスタッフに技術訓練を提供する。

すなわちコンピューター設備と低価格のトレーニング。

この企画はFFCとチュラーロンコーン大学の協力の 下にワークショップが定期的に大学で開催。

人材育成プロジェクト

10.地方の図書館プロジェクト(1996年以来)

目標地域:ピッサヌローク県、シーサケート県

この企画は、地方に図書館を設けるために資金募集を目的とする。

図書館を注目するだけでなく、図書館員にもトレーニングを提供し支援する。

その上、図書館に寄付する本で子どもの読書活動を推進する。

人材育成プロジェクト

11.青少年・地域開発向けのスポーツ(1997年以来)

目標地域:ピッサヌローク県、シーサケート県

この企画は、肉体的・精神的な能力を開発する手段として、青少年にスポーツを促進するために、1997年より開始された。

数年前に教育省は、ピッサヌローク県とシーサケート県を含めた、学校11校からの970人の学生たちを調査し、その中の7割が健康状態が良くないと分かった。

よってこの企画は、地方の子供たちに体育を促進することをもって目的とする。

青少年スポーツ促進

12.子供たちの発育のデイケアセンター(1997年以来)

目標地域:ピッサヌローク県、シーサケート県

デイケアセンターは、2歳から5歳までの発育がもっとも重要な時期という信念の上に設けられた。

子供たちが健全に成長するために介護と栄養を必要としている。

従って、この企画は二つの県の子供たちに介護施設を提供する。

社会と家族が育児に係わることの大切さを強調する。

従って介護施設の提供のみならず、 この企画は保護者に育児の知識を授けるトレイニングも与える。

子ども達の発育デイケアセンター

13.社会の基本的生活必需品(1997年以来)

目標地域:ピッサヌローク県、シーサケート県

この企画は、収入作り活動に参加するのを支援して、地域社会に自給自足をもたらせる。

その上、お金を地方の貧しい人たちや必要としている人たちに寄付するチャンネルの役割を果たす。

子ども達の発育デイケアセンター

14.Child Institute(児童養護研究所)(1997年以来)

ChildInstituteが1997年半ばに創設された。

家庭関係を修復するまで、子供の問題が適切に対処できないことを基にして、当所は育児における家族の役を研究して、保護者にトラウマを抱えている子供を治療する役割を果たすよう奨励する。

その目的とプロジェクトは以下のよう:

目的

  • 6歳までの児童の質の高い保護と家庭の安定を促進する。
  • 子供とその家族を肉体的かつ精神的に壊す行為から守る。
児童養護研究所

活動

  • バーチャル図書館とホームページを介して、子供と家族に関する知識を普及する。
  • 児童とその家族の質の高い保護を促進するためにトレーニングを提供する。
  • 児童とその家族を支援するために、情報を収集して研究する。
  • 児童とその家族と調製してフォローアップする。
  • 経済的に困っている母親が、より多くの収入を得るように支援する。

施設の厨房を移転するプロジェクトを検討しています。

児童と家族の保護

ここが移転候補の場所。

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