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東日本大震災(緊急支援活動)

■日本を襲った最大規模の震災


平成23年3月11日。発生時点において観測史上日本最大の地震でした。 最高40メートルを超える津波が、東北地方と関東太平洋沿岸部を襲いました。 液状化現象、地盤沈下、ダムの決壊などにより広大な範囲に被害が及び、人々のそれまでの生活は寸断されました。
死者、行方不明者は約1万8千人超え、建物の全壊、半壊は40万戸以上。 世界銀行の推計によれば自然災害による経済損失額としては史上1位とされています。
いまだに続く原発の問題、復興の遅れで被災地では多くの人々が苦しみの最中であることに変わりはありません。 日本国民、そして世界中からも忘れることのできない深い悲しみが消えることはない大震災でした。

私たちは震災直後の被災地へ物資を届け、慰問に行って参りました。
土嚢袋、インスタント食品、ライトなどを多賀城市役所へ届け、周辺の避難所をいくつか訪問、 ご遺体を安置している利府町の体育館でお参りをしてきました。


■被災直後の様子(宮城県多賀城市・宮城県利府町)

仙台駅から多賀城市へ。こうした崩壊した建物が次々と現れます。

地域全体が独特の異臭に包まれています。

海岸に近づくにつれ、建物の面影すら見えなくなっていきます。

普段は海水浴で賑わう七ヶ浜。穏やかで人気の海岸でした。

海岸付近に建っていた家です。

直ぐ近所であってもこうした崩壊しなかった家もあります。山影に建っていた等ちょっとの差でした。

橋も崩壊して車は通れません。

避難所へ。ダンボールを壁にした部屋に知らない人同士、何家族もが生活することに。

利府町の遺体安置所へ。まだまだ火葬できないご遺体、身元が分からない遺骨がいくつもありました。

ご冥福をお祈りするとともに、いつまでも忘れることなく支援を続けて参ります。


震災から3年、忘れてはならないことではありますが、もしかしたら多くの人が意識から離れつつあるかもしれません。
復興は全く終わってなく、多くの人々の命と人生を大きく変えてしまいました。 犠牲になったご家族、家を失った人、 職を失った人、この震災が原因での精神的な病になったり、被災地はいまだに被害の最中です。
この震災の復興は終わることはなく、今でもたくさんの人々が深い悲しみから抜け出すことはできません。
私たちは直後に行って見た悲惨な状況、匂い、その時の人々との会話をいつまでも思い出し、できる限りの支援を今後も続けていきます。


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